ミッション

グアテマラの山と湖
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グアテマラの森
グアテマラの森が燃やされている
グアテマラの森が燃やされている
グアテマラのシャーマンの男性
Tierra Madre Tシャツguatemala 07~08 108

1991年、グアテマヤ代表の大田美保は、旅の途中にいました。

アメリカ〜南米〜中米とめぐり、グアテマラへ。

国境を越えると空気が変わり、とても居心地がよく、旅の残りの時間はすべてグアテマラで過ごしました。

 

グアテマラの空気、大地、山、人、すべてに恋に落ちてしまいました。

マヤの先住民の衣装は、村によって織物の柄が違い、カラフルで素晴らしいものでした。

村に行き、言葉や織物を習いました。

そんな時間の中で、自分が知らなかった自分を発見します。

 

帰国した後もグアテマラに通うようになり、その度にまるで里帰りをするような気持ちになっていました。

グアテマラと日本を行き来する中で、「何のために生きているのか」を考えるようになり、「地球のために、私に何かできることはないだろうか」と考え始めました。

 

グアテマラに通いはじめて10年も過ぎる頃、古代マヤから続く太古の森と出会いました。

この森を守っていく仕事をしたいという気持ちが湧いてきました。

森と自分がつながった瞬間でした。

 

日本に帰り、ひとりでNGOティエラマドレプロジェクト(母なる大地という意味)を立ち上げました。

グアテマラの森を守るためにできることを提案し、講演活動をメインに行っていました。

 

その後忙しくなり、久しぶりにグアテマラへ行くと、マヤの森があちこちで燃えていました。

山火事ではなく、人為的に燃やされている。

輸入用の肉牛を飼う牧場を作るために、森が燃やされる火でした。

今までにないショックです。

苦しくて悲しかった。

 

森を守ろうと思っていたのに、目の前で森がどんどん失われていました。

私たちが食べるお肉のために、グアテマラの人たちが食べることのないお肉のために。

日本人の私たちとその牧場はつながっていて、そこに自分も加担している。

どうしたらいいんだろうと絶望的になりました。

 

しばらく、何もできませんでした。何をしていいかもわかりませんでした。

グアテマラの教会に行き、「わたしにできることを教えてください」と毎日祈りました。

森が燃やされているところを私が見たということは、森の現実を私に見せくれたという意味なんだと感じました。

だから、みんなが知らないことを伝えることから始めようと思いました。

 

同じ頃、自然な流れでシャーマンの男性にも会いました。

彼の儀式を受けることになりました。私一人のための儀式でした。

その場所に入った途端、なにかを感じて涙が止まりません。

 

ファイヤーセレモニーでは、「火に何を言いたいですか」と聞かれて、「マヤの森を守りたい、どうやったらいいですか」と尋ねました。

とにかくずっと泣いていました。同時にシャーマンの話す言葉がとても懐かしく感じ、自分の魂の深いところで何かが起こっている感覚がありました。

 

呆然としたままホテルに帰り、自分の中で起きていることを噛み締めていると、自分の中に知らない言葉が次々と出てきて、その声がだんだん大きくなり、やがて歌になっていきました。

セレモニーを通じて、マヤの大地とつながり、自分の魂の深いところからマヤのスピリットが現れ、自分の中にマヤのスピリットがあるのだと、ようやくわかったのでした。

シャーマンもマヤのスピリットと美保とは深く繋がっていると言っていました。

マヤの森が燃えているのを見た1~2週間後の出来事でした。

 

日本人として生まれてきた私が今、マヤの森を守るためにできることをする。

あまりに大きすぎることでしたが、覚悟ができました。背中を大きく押されました。

具体的に何をしていけばマヤの森を守れるのだろうかと、必死に考えました。

やがて、グアテマラの森で起こっていることをイラストにしてTシャツにしてみんなに伝えることから始めようと思いました。そうしてできたのが、『ノーハンバーガーTシャツ』や『できることTシャツ』です。

グアテマラと日本で講演しながら販売しました。

 

そのうちに、もっと現地の人たちと直接つながりたい、現地の人たちがもっと森と共存できるものはないだろうかという思いが強くなりました。

そんな頃、よく通っていた森の村の近くで、女性たちがラモンの木の実を使ってなにかをしていると聞き、行ってみました。

女性たちが手作業で、ラモンの木の実を拾って加工していました。

 

ようやく出会いました。これだというものに。

この実を使い広めることで、森とこの女性たちを守れると思いました。

女性たちに、私は何をしたらいいのかと聞いてみたら、「ラモンの実を加工してはいるけれど、売り先がないので売ってほしい。」と言われました。

 

以前からラモンの実のことは知っていたので、大興奮です。

自分の心の奥では、とても興奮して泣きながら喜んでいました。

ここから、マヤナッツのすべてがはじまりました。